新刊『貢献的EQマネジメント』「はじめに」特別公開
2026/09/04(最終更新日:2026/09/04)

人の可能性を、諦めないために
人の「可能性」について考えていると、ときどき不思議に思うことがある。
たとえば、昔は自分とそれほど変わらないと思っていた人が、十年、二十年と経つうちに、驚くほど大きな仕事をしていることがある。
自分自身についても同じである。
向いていないと思っていた仕事を任され、やってみたら意外なほど力を発揮できた、ということがある。
人の中には、いったいどれほど、自分自身にもまだ見えていない力があるのだろうか。
私たちは日常的に「可能性」という言葉を使っている。
では、その可能性を、どうすれば引き出すことができるのか。
そう問われたとき、明確に答えられる人はどれほどいるだろうか。
私たちは「可能性」という言葉は知っていても、その見つけ方も、伸ばし方も、活かし方も、ほとんど正しく教わってこなかった。
だから私は、多くの人が「可能性がない」のではないと考えている。
可能性は、ある。
しかし、自分でそこにブレーキをかけたまま、その外し方を知らずにいる。
それが、人の成長を考えるうえで最初に知っておかなければならないことではないだろうか。
「自分には向いていない」
「こういう性格だから、今さら変わらない」
「失敗するくらいなら、やらない方がいい」
こうした言葉を、一度も自分に向けたことがない人は、おそらくほとんどいない。
人は、一度「自分はこういう人間だ」と決めると、その前提に合うものを見つけ、それに沿った選択をしやすくなる。
新しい挑戦を避け、できない理由を先に探し、自分とは違う意見から距離を置く。
そのうちに、やってみればできたかもしれないことまで、「自分にはできないこと」に変わっていく。
そうして人は、自分でも気づかないうちに、自分の可能性を狭めていく。
しかも難しいのは、本人にはそれが、自分で自分の可能性にブレーキをかけているようには思えないことだ。
「自分のことは、自分が一番よくわかっている」
そう考えている本人にとって、自分の判断は十分に現実的なものに感じられる。
しかし、本当にそうだろうか。
私たちは、過去の限られた経験や思い込みによって狭くなった視野から、自分の可能性を必要以上に小さく見積もってしまう。
もちろん、人にはそれぞれ得意不得意があり、置かれた環境も違う。
しかし、まだ十分にやってもいないことに対して、自分で最初から諦める必要はない。
人の可能性には、開花するポイントが無数にある。
自分でかけているブレーキがあるのなら、それに気づき、外していけばいい。
その方法を知ることができれば、人はもっと、持っている力を活かせるようになる。
「向いている仕事」を探し続ければ、可能性は見つかるのか
自分の可能性を、自分一人で見つけることは非常に難しい。
私たちは、「自分のことは自分が一番よくわかっている」と思いがちである。
しかし実際には、自分がどんな人間なのか、何に向いているのか、どんな強みがあるのかという、ごく基本的なことにさえ迷っている。
だから人は、自分を知りたいと思う。
性格診断や占いに惹かれるのも、「自分は何者なのか」「何が向いているのか」を知りたいという気持ちの表れだろう。
ところが、その一方で、人は自分自身と真正面から向き合うことからは逃げようとする。
「自分には何が向いているのだろう」と考えたとき、私たちはつい、その答えを自分の外側に探しにいく。
もっと自分に向いている仕事があるのではないか。
環境さえ変われば、もっと活躍できるのではないか。
しかし、ここで一度考えてみたい。
「向いているもの」を外に探し続けることで、「自分は何と向き合って成長するべきなのか」という問いから逃げてはいないだろうか。
仕事とは、最初からどこかに「自分にぴったり合う、面白いもの」として用意されているとは限らない。
仕事の面白さの多くは、与えられた環境で知識を増やし、できることを工夫し、誰かの役に立ち、それまで見えなかった世界が見えるようになる過程から生まれてくる。
そうした意味で、仕事とは、自分で面白くしていくものである。
ところが、「自分に合っているか」という問いだけを繰り返していると、自分が成長するという視点が抜け落ちてしまう。
できないのは、仕事が合っていないから。
やる気が出ないのは、面白い仕事ではないから。
そうして理由を外側に求め続ければ、自身の中にある可能性を見出すチャンスは、少しずつ失われていく。
本当は、人生の可能性を広げるための材料は、多くの場合、すでに自分の中にある。
問題は、それを、自分自身がまだ知らないことである。
人は、人によって活かされる
そしてもう一つ、可能性について考えるうえで欠かせないことがある。
それは、人の可能性は、人との関わりの中で活かされていくということだ。
私たちは、誰かの大きな成功を見ると、その人自身の能力や努力に目を向ける。
あるいは、「この人との出会いが転機だった」と、一つの出来事を成功のきっかけとして語ることも多い。
しかし、可能性は、ある日突然、何もないところから花開くものではない。
そのずっと前から、本人さえ気づいていないような小さなきっかけが、いくつも積み重なっている。
幼い頃に誰かから教わったこと。
何気なくかけられた言葉。
一冊の本を勧められたこと。
仕事を任されたこと。
叱られたこと。
期待されたこと。
その瞬間には何でもないように見えた出来事が、何年、何十年という時間を経て、その人の考え方や選択を形づくっていく。
私は、それを人から人へ渡されてきたバトンのようなものだと思っている。
誰かから受け取った小さなバトンに、本人の努力が重なる。
その努力によって少し先へ進むと、そこでまた別の誰かから、新しいバトンを受け取る。
その一つひとつは小さくても、何年、何十年とつながっていけば、やがて本人自身も想像していなかった場所まで人を連れていくことがある。
人の可能性とは、多くの人から渡されたバトンの先で、少しずつ形になっていくものなのである。
人は、人によって活かされる。
私たちは、思っている以上に多くの人から影響を受け、つながりの中で生きている。
ところが、いま「人に関わること」が難しくなっている
一方で、いまの日本社会では、「人に関わる」という営みそのものが、以前より難しくなっているように感じる。
本人の選択だから。
今の時代は強く言えないから。
嫌われたくないから。
そうして一歩引くことが、いつの間にか、
「この人はもう変わらないだろう」
という諦めに変わってはいないだろうか。
この諦めは、個人の問題にとどまらず、企業の中にも広がっている。
少し視座が変われば、もっと大きな役割を担える人がいる。
誰かが本気で向き合えば、それまでとはまったく違う力を発揮する人がいる。
その可能性が眠ったままになっているとすれば、これほどもったいないことはない。
手法だけでは、人は変わらない
現代の企業は、1on1やコーチング、エンゲージメント向上施策など、さまざまな制度や手法を取り入れてきた。
しかし、人の根本的な認知や行動の仕組みを理解しないまま、手法だけを取り入れても、施策は表層的になり、意味を失う。
頭ではわかっているのに、なぜ行動できないのか。
主体的に動くことが大切だと理解しているのに、なぜ指示を待ってしまうのか。
人に貢献したいという思いを持っているはずなのに、なぜ自分を守ることを優先してしまうのか。
そこには、人間の本能や脳、感情、認知の仕組みに関わる理由がある。
そして世界ではすでに、心理学、脳科学、行動経済学、人類学、進化生物学、教育学など、さまざまな分野から研究が進められている。
人がどのように価値観を身につけ、どのような条件で他者に共感し、どのような環境に置かれたときに主体的に行動できるようになるのか。
かつては運や偶然、あるいは精神論としてしか語れなかったことも、少しずつ「人間の仕組み」として説明できるようになってきた。
私は、ここに、これからの人材育成の大きな可能性があると考えている。
本書で考えたい、たった一つの問い
私は会社を経営するなかで、年間400回以上、経営者や役員、管理職、若手社員に向けた講演や研修の場に立ち、対話を重ねてきた。
これまで関わらせていただいた企業は3,000社を超える。
現場に立てば立つほど、人は一人ひとりまったく違うことを痛感する。
同じ言葉でも受け取り方は異なり、同じ機会を与えても、行動を変える人もいれば、「わかりました」と言いながら何も変わらない人もいる。
だからこそ、一つの理論や手法だけで、人を育てることは難しい。
人材育成やマネジメントに本気で向き合うのであれば、人間の本能や感情、認知の仕組みを理解し、一人ひとりの特性を見極め、そのうえで現場で検証し続けなければならない。
その積み重ねの中で、私は一つの問いを考え続けてきた。
どうすれば、人にかかっているブレーキを外し、その人が持っている可能性をもっと活かすことができるのか。
新刊『貢献的EQマネジメント』では、この問いについて、世界の研究によって得られた知見と、企業の現場で積み重ねてきた実践の両面から紐解いている。
人は、なぜ自分自身の可能性にブレーキをかけてしまうのか。
なぜ、頭ではわかっていても行動できないのか。
そして、そのブレーキを外し、自分の能力を、自分のためだけではなく、誰かや組織への貢献へと向けていくためには、何が必要なのか。
本書との出会いが、
「自分は、まだこんなものではないのかもしれない」
あるいは、会社の中にいる誰かに対して、
「この人は、まだこんなものではないのかもしれない」
そう思い直すきっかけになれば、これほど嬉しいことはない。
ブレーキがかかっているなら、外せばいい。
人は、自分が思っている以上に変わることができる。
その可能性をどう活かしていくのか。
続きは、ぜひ本書でお読みいただきたい。
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そのブレーキの外し方を、世界の研究と3,000社の現場実践から紐解く一冊。
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